東京地方裁判所 昭和29年(ワ)8568号 判決 1958年6月04日
原告 佐藤晴雄
右代理人 横田隼雄
<外二名>
被告 埼玉紡績株式会社
右代表者 飯塚孝司
右代理人 工富工
被告 谷田藤三
主文
東京都中野区大和町四百二十八番地一、宅地二百二十六坪につき
原告に対し
被告谷田は昭和二十八年九月二十一日東京法労局中野出張所受附第一一六七三号所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。
被告会社と被告谷田間の昭和二十八年十月二十一日浦和地方法務局所属公証人君ヶ袋真胤作成第四万九千三百四号根抵当権設定綿糸布貸売契約公正証書による不動産根抵当権設定は無効なることを確認する。
被告会社は昭和二十八年十月三十日東京法務局中野出張所受附第一三八〇七号根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
訴訟費用は被告等の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
原告と被告谷田間の訴訟については同被告において原告主張事実を明らかに争わないので自白したものとみなすべくこの事実に基く原告の本訴請求は理由がある。
原告と被告会社間の訴訟について以下検討する。
主文掲記の土地につき同掲記のような報告谷田名義の所有権取得登記並に被告会社のために根抵当権設定登記の各経由せられあることまた被告等間に主文掲記のような根抵当権設定公正証書の作成嘱託のあることは当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第一号証証人安藤一雄の証言により成立を認め得る甲第二号証証人清水清の証言により成立を認め得る甲第三号証に前記各証人並証人平栗治雄の各証言、原告本人尋問の結果を綜合すると次の事実を認めることができる。
原告は昭和二十八年七月頃から訴外安藤一雄の紹介で被告谷田を代表者とする株式会社谷田商店との間に人絹等繊維品の先物売買取引を行つていたが、被告谷田よりもつと取引を大きくする方が利益であるから現金か株式を証拠金として差入れないか、もしこれ等がなければ不動産の権利証を預けてもよいとの話があつたので、昭和二十八年九月十五日主文掲記の原告所有の土地の権利証と白紙委任状及び印鑑証明書を預け入れた。それは、被告谷田方で権利証の紙だけ預つても仕方がない白紙委任状や印鑑証明書も必要である、但し取引において原告が欠損した場合には現金で解決し権利証と一件書類を返還する決して権利証については悪いようなことはしないと念を押したためである。一方右株式会社谷田商店は被告会社より綿糸の現物取引をしていたが、被告会社より担保の提供を迫られ、代表者被告谷田において被告会社より綿糸の供給が絶たれることをおそれ前記権利証と委任状印鑑証明書の外自己の委任状も併せてこれに交付したところ被告会社方において前記権利証を利用し、同月二十一日右土地を被告谷田が同月十九日原告より買受けたことを原因とする登記申請手続をなしその旨の登記を受けさらに同年十月三十日被告会社のため限度額金五百万円とする主文掲記の根抵当権設定の登記手続を了した。しかし一面、原告と右訴外会社との取引は前記権利証差入当時も、またその後も平静であり、むしろ黒字の方が多かつたが、昭和二十八年十一月訴外会社が倒産したため、取引終了となり同月二十六日の計算では原告において一万二千余円の赤字となつていたことが判明したので、この金を持参し右訴外会社より本件権利証等の返還を請求したところ、始めて本件不動産が被告会社の抵当権の目的とされていることを知つた。かような事実が認められる。右認定に反する前記谷田藤三の陳述、被告代表者本人尋問の結果は信用しない。
もつとも前認定のように原告は右権利証の外白紙委任状印鑑証明書等を併せて交付しているので、一見、目的不動産について相手方に権利の設定移転等の代理権を与えたかのような感はないでもない。しかし依頼者から権利証の外委任状等まで預かる場合においても、その債務が過大となり現金の追徴を求めても応ぜず或は所在不明となるような危険にそなえてかような場合は始めて依頼者にことわりなしに目的不動産を処分し得る一種の条件附処分の代理権限を与える場合も決して稀有の事例とは称し難いので権利証の外、委任状印鑑証明書等の一括交付があつた一事により直に無条件に処分権限を与えたものと即断すべき限りではないのである。それ故に前段認定事実からすれば、本件においては原告が訴外谷田商店との取引との取引決算に際し同商店において原告より支払を得ることが実質上不能ないし甚だ困難な場合に限りこれが処分権を認める趣旨で前記権利証等の交付を受けたものと解するのが相当である。しかし本件においてはかような条件の成就した事実を認めることはできないし、却つて、原告は右権利証の返還を受け得べき事情にあること前認定の通りである。
被告会社訴訟代理人は事実摘示のように表見代理等の抗弁を主張するが前認定のように被告会社自らにおいて本件不動産に谷田所有名義の登記手続をしたのであるから登記簿上谷田名義を信じたということは無意味であり、また、他の何等かの理由で谷田に本件不動産を原告に代り処分する権能ありと信じたとしても、かような場合に登記簿上の権利者である原告に対しその真偽を一応確かめる程度の注意をなすべきであり、かような注意を欠いた場合においては民法第百十条にいわゆる第三者が其権限ありと信ずべき正当理由ありとは到底称し難く従つてこの抗弁は採用できない。その他本訴請求を排斥するに足るものはない。
よつて原告の本訴請求は正当なのでこれを認容し民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し主文のように判決をする。
(裁判官 柳川真佐夫)